詩編43編 『御顔こそ、わたしの救い』U

 この詩編43編は42編の続きか結論と考えられますから、43編を読むに当たり42編も読み返すことで一層の祝福を受けることでしょう。

 

43:1「神よ、あなたの裁きを望みます。 わたしに代わって争ってください。 あなたの慈しみを知らぬ民、欺く者  よこしまな者から救ってください。」

 「あなたの裁きを望みます」、「あなたが弁護してくださいと」訳せる言葉です。26:1にも同じ言葉がでてきます。ユダヤの裁判では被告人の弁護は裁判官がするのです。神が弁護人になってくださるとは何と素晴らしいことか。この世の弁護人は被告人に有利なように弁護はしてくれますが、被告人の罪を背負ってはくれません。裁判官であり弁護人である神は私たちの罪を赦してくださる神です。神の裁きには赦しがあるのです。この世には特赦,恩赦ということがあります。それは罪を赦す権威の持ち主、即ち大統領,天皇によってなされる特別な赦しです。しかもそれはその特赦、恩赦を受け入れる者だけに与えられるものなのです。 「あなたの罪を赦す」と宣言してくださる神の大いなる愛に心が震えます。

 ですから詩人は「わたしに代わって争ってください」と叫ぶことが出来るのです。赦しの神、愛の神の御腕にしっかり抱かれているという確信がなければこのようなことは言えません。 

 

43:2「あなたはわたしの神、わたしの砦。 なぜ、わたしを見放されたのか。 なぜ、わたしは敵に虐げられ  嘆きつつ行き来するのか。」

 42:10にも同じような言葉が出てきます。42:10では、「わたしの岩」、「わたしをお忘れになったのか」、「嘆きつつ歩くのか」が、「わたしの砦」、「わたしを見放させたのか」、「嘆きつつ行き来するのか」となっています。これらを注意深く比較してみると43:2の方がより強い表現になっています。これは詩人の悩みが、苦しみが深化していることを示しているように思われます。

 しかし、ここで詩人は深まり行く悩み、苦しみを「わたしの神」に訴えていることに注目したい。その私の神はどんな強力な敵からもわたしを守ってくれる「わたしの砦」というのです。

 「なぜ」という言葉を二度詩人は繰り返しています。信仰者といえども、神様に「なぜ、どうしてですか」という問いかけをするような出来事に直面することがあります。

 

 インドネシアのスマトラ沖地震の津波でプールで泳いでいた父親と4歳の男の子、父親は助かり、浮き輪をつけていた4歳の男の子は行方不明。父親は2か月後も息子の行方を捜し求めている。自分は助かり、なぜ、どうして息子は?の問いかけをしながら。この父親に誰が答えることがでるのでしょうか。

 

詩人は自分の悩み、苦しみを「わたしの神、わたしの砦」に訴えていることです。そしてわたしの神をどのような神と信じているかが問われます。それはこんなわたしのために御子を十字架にかけ私に永遠の命を与えてくださった神の愛をどれほど深く信じるかにかかっているように思われます。これなくして、自分は救われて、愛する幼子が波にのまれて2ヶ月たった今も見つからない現実を受け止めることはできないと思う。

 

この世には,なぜ、どうして、と呻きながら神に問う事がしばしば起きます。

42編のところでも触れましたが、筋ジストロフィーで23歳7ヶ月でこの世を去った石川正一さんは14歳の時父と入浴中「お前の病気は治らない、そして20歳までしか生きられない」と告げられます。そして17歳の時「筋ジスという病気は、ぼくにとって本当に重荷だけどそれは神様が何かの意味があって、ぼくに与えてくださったのだから、恵みとも言えるんだ」と語っておられます。でも彼がこのように告白できるまでには心の葛藤があったにちがいない。「なぜ、どうしてこの自分が不治の病である筋ジストロフィーにおかされたのか」と。

 

広島三育小学校で働く一人の先生から 昨年9月30日、同校の2年、3年の児童とその妹(5歳)が水難事故に遭い、三人とも命をうしないました。同級生が「神さまは力がないことがわかりました。」、「神さまもがんぱったけど、助けられなかった。」というのを聞いて,どのように答えたらよいのか、と。

 突然、同級生を失った児童にどのような説明も、解釈も何の役にもたたないでしょう。イエスがラザロの死を悲しみ、泣いているマルタ、マリアと共に涙を流されたように、悲しむ者と共に悲しみ泣くものと共に泣くことしかできません。 

 

 重本忠生さんが最愛の妻を亡くした時の心境を「主が与え、主が奪いたもう されどこの悲しみ耐えがたし」と歌っています。「信仰薄き者よ!」と誰が彼を責めることができるでしょうか。

 

 『涙は神様がおわかりになる言葉』 ゴードン ジェンソン

「なぜ涙がでてくるのか不思議に思いました/  物事はあてにしていたような結果になりませんでした/  しかし神様は側にお立ちになり/  落ちる涙をご覧になっています/  神様は打ちひしがれた魂の涙をご覧になっています/  神様は人と一緒に泣いて手をとってくださいます/  涙は神様のおわかりになる言葉」

 「悲しむ人々は幸いである、 その人たちは慰められる」(マタイ5:4)のみ言葉をしっかり受け止める者でありたい(「慰められる」はヨハネ14:16の「弁護者」と「助け主」(口語訳)とも訳される語と同じ語源で「傍らに呼ぶ」、「励ます」、「力づける」とも訳せる言葉です)。

 

43:3「あなたの光とまことを遣わしてください。彼らはわたしを導き 聖なる山、あなたのいますところに わたしを伴ってくれるでしょう。」

 「あなたの光とまこと」、詩人は具体的に「光とまこと」をどのように考えていたかは定かではありませんが、私共にとりましては、まず「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩まず命の光を持つ」(ヨハネ8:12,12:46参照)と言われたイエスのお言葉を思うことでしょう。さらに「まこと」については「恵みにとまことに満ちて」(ヨハネ1:14口語訳)おられるイエス、そして「わたしは道であり、真理である」(ヨハネ14:6)などのみ言葉を思うことでしょう。いずれにしても「光とまこと」はイエスを表すと考えて差し支えないでしょう。

 

 「光と暗闇」については死海の近くで発見された「クムラン洞窟文書」にはこの世は「光の子らと暗闇の子ら」の戦いであると記しています。イエスはこのことを意識して語っておられるのかもしれません。またパウロも「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい。」(エペソ5:8)と勧めています。

 

 「光」についてもう一つ考えられることは、ヨハネは「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」{ヨハネ1:1}とし、さらに「万物は言によってなった。…….言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」(1:3,4)。ヨハネは言と光を深い関係に置いています。即ち、創造の業は言、光においてなされたと説明しています。たしかに創世記にある天地創造の物語は「言」による業です。そして第一日目の「光」は「光」であるキリストによって創造の業がなされる宣言と言えるのではないでしょうか。

 

 「聖なる山」とは、詩編2:6には「聖なる山シオン」とあり、9:12には「シオンにいます主」とあります。シオンにある聖なる山とはエルサレムのことであり、そこに神の宮があるから聖なる山と呼ぶのでしょう。

 詩人は捕囚の身として日に日に神の都エルサレムから遠のく旅でエルサレムの神殿での礼拝を思い、慕い いつの日にか神の導きにより多くの人々と共にエルサレムでの神を礼拝する日を渇望しているのです。詩人がこの地上でのエルサレムで神を礼拝することを渇望していたように天国での永遠の都エルサレムで神を賛美する日を渇望するものでありたい。

 

43:4「神の祭壇にわたしは近づき  わたしの神を喜び祝い  琴を奏でて感謝の歌をうたいます。 神よ、わたしの神よ。」

 「神の祭壇」とは「神が捧げられた祭壇」とも訳される言葉です、それはイエスキリストの十字架を表すのにこれ以上の言葉はありません。 「喜び祝い」は原語では「喜び、歓喜」と訳せる言葉です、それは人間の出来る最高の喜びを表す言葉です。なぜなら神の祭壇に私の救いがあるからです。さらに「近づき」という言葉にも心惹かれます。私たちは余りにも遠くから十字架を眺めているのではないでしょうか。

私たちは「神の祭壇」すなわち、イエスの十字架にもっと「近づき」仰ぐことにより、罪が赦された者として、心の底から「わたしの神を喜び、歓喜し」、「感謝の歌」を神に捧げることが出来るのではないでしょうか。何と素晴らしいことでしょう。この経験を日々深めて行きたいと思う。

 

43:5「なぜうなだれるのか、わたしの魂よ  なぜ呻くのか。 神を待ち望め。 わたしはなお、告白しよう 『御顔こそ、わたしの救い』と。 わたしの神よ」

 しかし、現実の生活では心はうなだれ、呻くことが多くあります、そのような時、詩人は自ら「神を待ち望め」と励まし、「御顔こそ、わたしの救い」と告白しています。

 詩人の信仰告白である『御顔こそ、わたしの救い』、詩人は『御顔』のどこに目を注いでいるのでしょうか。「主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないというだろう」と言われた主の言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた」(ルカ22:61,62)。讃美歌(日基)243番2節「ああ主のひとみ、まなざしよ、三度わが主を いなみたる よわかきペテロを かえりみて、ゆるすはたれぞ、主ならずや」の歌詞になったできごとです。この経験こそが、大伝道者ペテロの誕生の瞬間です。

 詩人はこのペトロのような体験をしているのではないでしょうか。詩人は主の深い赦しの眼差しを感じていたことでしょう、ですから「わたしはなお、告白しよう 『御顔こそ、わたしの救い』と心から叫ぶことがでしたのでしょう。

 

 ローマのバチカン博物館にとてつもない大きな二枚のタペストリーがあります。イエスの復活と復活されたイエスがエマオの途上で出会った二人の弟子と食事のパンを裂いている図柄のものでした。不思議なことに見学者がどこに立とうがイエスの眼差しはその人に注がれているのです。タペストリーの作者の信仰を表した素晴らしい作品でした。イエスの愛の眼差しは私たちがどこにいようが注がれているのです。